平成23年(ワ)第15308号 損害賠償請求等事件
原 告 Aleph
被 告 池 田 克 彦 ほか1名
準 備 書 面 (4)
2011年10月24日
東京地方裁判所 民事第45部合議A係 御中
原告訴訟代理人 弁護士
同
被告東京都の準備書面に期待するもの
1 誰しも、犯罪者やヤクザなど、そもそも社会的評価の低い人には、社会的評価が低いからとして、あることないこと、何を言っても構わないということにはならない。況んや、民主・平等の社会における公権力にあっては、到底許されることではない。何の適正手続も経ていなければ尚更のことである。
2 被告東京都が本訴請求につき請求棄却を求めるのであれば、本件にあっては、いついかなる場合においても相当程度に大きな社会的評価の低下を招来させることが確実な警察庁長官狙撃(殺人未遂)という重大な犯罪事実の摘示があった場合であるから、いきなり冒頭から原告Alephの社会的評価が低い(最早これ以上下がる評価がない)ということではなく、名誉毀損訴訟の定石に従って、まず、「概要」・「冒頭発言」に真実性・相当性があること、次いでそれらの公表につき公共性・公益性があることの主張から始めなければならないはずである。この2つが揃えば、社会的評価の低下や損害の有無は問題とならない。真実性・相当性がなければ、そもそも公共性・公益性が問題とならないことは自明であるし、本件につき公共性・公益性のないことは、訴状請求の原因第4項で指摘したとおり、マスコミの一様な論調が示すところでもある。
3 真実性・相当性があると主張するのであれば、被疑者不詳で送致したという刑事手続の結果との関係でいえば、まず、「概要」で示されているとおり、教祖松本、元巡査長 A を初めとする何人かの氏名が判明しているのに、また、教祖松本についてはその「意思の下」と、Eについては「中心」とそれなりに各役割が判明しているにも拘わらず、全て被疑者不詳のままで送致したことにどのような必要性・合理性があったのかがきちんと説明されなければならない(求釈明済み)。「概要」の記載内容と被疑者不詳のままとでは、余りにも著しく矛盾するからである。「概要」の記載内容において個人名を特定して掲記したのは、本件に何らかの形で関与したことを示す何らかの具体的な証拠があったからであろう。このような場合には、個々人の役割まで特定し切らなくても、共謀共同正犯理論が働くはずである。主張する以上、勿論、関与を示す証拠は具体的に示して貰うことになる。これがなければ、「概要」の記載内容は、かつて甲山事件を扱った清水一行のノンフィクション小説『捜査一課長』と同程度のものに過ぎないことになる。
4 合わせて、経過中同時的に存在した受刑者N氏に対する捜査経過及びその結果をも、「概要」の記載内容と同程度の密度を以て明らかにすべきである。何故ならば、オウム真理教とN氏を比較し、N氏に対する嫌疑の方に証拠上確かさが認められるとしたら、それだけでその証拠の優劣によって、オウム真理教への捜査結果たる「概要」の記載内容についての真実性・相当性が積極的に否定されることになる関係にあるからである。真実性・相当性の存否は、内部的な検討だけでなく、外部との比較においても可能である。犯罪事実の摘示の場合にあっては、真犯人の登場がひとつの典型である。
5 原告としては、訴訟の今後の円滑な進行のため、被告東京都が「概要」の記載内容をトレースするだけではなく、以上の諸点を十分に踏まえた準備書面(2)を至急準備されるよう強く期待するものである。名指された当事者たる原告Alephが知りたいのは、何故に捜査の対象が初期の段階から、オウム真理教に絞り込まれたのかということである。社会的に要請されている捜査の検証というのも同じことであろう。最早、捜査の秘密というのは存在しないのであるから、被告東京都としては、捜査の検証に資する手持ちの証拠を十分に開示したらどうであろうか。