裁判・事件等
ホーム > 裁判・事件等 > 長官銃撃国賠訴訟 > 長官狙撃・時効後犯人断定事件について
image
裁判・事件等
団体規制法/観察処分

足立区団体規制条例

長官銃撃国賠訴訟

裁判日程

長官狙撃・時効後犯人断定事件について

line

 長官狙撃・時効後犯人断定事件の訴訟提起に際し、2011年5月12日(木)午後2時より、東京高等裁判所内の司法記者クラブにおいて、荒木広報部長、内藤隆弁護士、清井礼司弁護士の3名が、記者会見を行ないました。
  記者会見の概要をご紹介します。


1.訴訟の概要(代理人より)

 いわゆる警察庁長官狙撃事件(1995年)の公訴時効が成立した2010年3月30日、警視庁公安部が時効後に犯人を断定する発表を行なったことについて、名誉毀損の損害賠償を求める訴訟を提起しました。原告は、Aleph、被告は、東京都(警視庁を監督する機関)、及び、池田克彦氏(昨年の発表時の警視総監であり、現在も警視総監)です。2011年5月12日の午前中に提訴し、事件番号は、平成23年(ワ)15308号、係属部は、東京地方裁判所民事45部です。

 事案の概要を説明します。本件は、いわゆる警察庁の長官狙撃事件が2010年の3月30日に公訴時効が成立し、刑事事件の立件が法的に不可能となったにも関わらず、時効完成の当日、あたかも狙撃事件が原告Alephの行為であるかの如き冒頭発言および警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要なる文章を公表し、もって、原告の名誉を回復し難く毀損し、かつ、刑法および刑事訴訟法の基本原則、ひいては憲法上の言論・表現・結社の自由という精神的自由権を蹂躙したことに対して、その責任者たる東京都(代表者知事)、および池田克彦氏(当時・現在の警視総監)に対して、損害賠償と謝罪文の公布と掲示を求める事案です。法律構成としては、国家賠償法上の責任と、民法709条に基づき、池田氏個人の不法行為責任を追及するという構造になっています。
  請求の趣旨は、金銭請求として、慰謝料5000万円をそれぞれ連帯して支払うことと、謝罪文の交付と警視庁への掲示を求めたもの(通称 POST NOTICE)です。謝罪文の内容は、以下のとおりです。

 



謝 罪 文

いわゆる「警察庁長官狙撃事件」について、2010年3月30日私たちが公表した「冒頭発言」および「警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要」は、今般東京地方裁判所において、Alephの名誉を毀損する違法な内容であるとの判断が示されました。よって私たちはAlephに深謝するとともに、二度とこのような違法行為を行わないことを固く誓約いたします。

 

2011年  月  日

東京都知事    石原 慎太郎
警視総監     池田克彦



2.提訴に至った経緯(荒木広報部長)

 時効後の犯人断定記者会見が行なわれた2010年3月30日、Alephは警視庁に対してただちに「抗議」を行ない、適正な対処が見られない場合は何らかの法的措置も検討せざるを得ない旨、司法記者クラブにおける記者会見で述べました。
  その後、Alephは、東京都公安委員会への「苦情申し出」、国家公安委員会への「請願」、日本弁護士連合会への「人権救済申し立て」などの手段を講じてきました。
  しかし、国家公安委員会からは、「国家公安委員会において、貴団体からの請願を受理し、その内容を了知いたしましたが、国家公安委員会として特段の対応はありません。なお、本請願を東京都公安委員会に参考送付いたしました。」といった短い回答があったのみでした。
  また、警視庁を直接的に管理する、東京都の公安委員会は、警視庁から、「概要」の冒頭発言に書かれているような説明(「事件の重大性」「国民の関心の高さ」云々)を受けたことをもって、「よって、同庁ホームページに掲載したことに不適切な点があったとは認められませんでした」、つまり、単に、警視庁がこう考えてやったと言っているから不適切ではない、とするのみで、実質的な回答はありませんでした。
  日弁連への「人権救済申し立て」については、現在本審査に入っており、今年の秋にも審査結果が出るのではないかと思われます。
  このような経過をたどる中、教団内ではいろいろな議論が重ね(後述)、最終的には、団体規制法に基づく観察処分を口実にした、およそ前例のない本件発表の悪質性・違法性を明らかにし、速やかに教団の名誉を回復するために、司法の場において、東京都並びに警視総監の法的責任を問うべきとの結論に至り、今般の提訴の運びとなりました。


提訴に至るまでの経緯(年表)

(2010年) 3月30日
時効成立。警視庁公安部長が記者会見、「概要」公表
3月31日
警視庁ホームページに「概要」掲載(〜4月29日)
警視総監宛に「抗議並びに削除要請書」
4月 5日
警視庁から削除拒否の「回答書」
9日
東京都公安委員会宛に「苦情申出書」
4月21日
国家公安委員会宛に「請願書」
30日
日弁連に人権救済の申立
東京都公安委員会宛に「追加申出書」
5月27日
国家公安委員会から、特段の対応なしとする通知書
5月28日
東京都公安委員会から、不適切な点は認められないとする「苦情処理結果通知書」
6月30日
日弁連が予備審査を開始
10月 1日
事件への関与を自供している受刑者への告発状を東京地検が受理
10月25日
告発された受刑者が嫌疑不十分で不起訴処分に(27日時効成立)
11月22日
日弁連が本調査を開始
(2011年) 2月18日
警視庁が「警察庁長官狙撃事件捜査検証に関する報告骨子」を公表
4月20日
日弁連人権擁護委員会の聞き取り調査(面談)
5月12日
東京地裁に名誉毀損訴訟を提起

3.本件訴訟の争点(代理人より)

■争点1.刑事責任を問われない事案で警察が積極的に犯人を指摘することの適法性■

 本件訴訟の第一の争点は、「刑事責任を問われない事案について、積極的に警察が犯人を指摘することがどのような場合に適法になるのか、あるいはそもそも適法と言えるのか」という問題。つまり、刑事責任を問われない事案について、積極的に警察が犯人を指摘することがどのような場合に適法になるのか、あるいはそもそも適法と言えるのか。
  サンプルとして考えられるのは「死者の名誉毀損」。これには刑法上の明文規定があり、虚偽の事実を摘示した場合には刑事責任を負担するという刑事事件の構成となっている。この場合の「虚偽の事実」というのは、捜査当局は、真実であると信じたということでは足りなくて、客観的に虚偽の事実を摘示したのであれば、死者に対するものであっても刑事責任が問われる、という厳しい構造になっている。


■争点2.発表の公益性・公共性■

 第二の争点は、名誉毀損における公益性・公共性に関わる問題。公益性・公共性がなければ、仮に言っていることが真実であっても、名誉毀損については違法性が成立する。


■争点3.すでに検察に送致された記録を法廷に提出できるか、そして、その証拠価値・証拠評価は■

 第三の争点は、警視庁公安部がどうやってオウムの団体的犯行であるということを断定したことの真実性を立証できるのか。
  これにはいくつか問題点がある。
  一つは、刑事訴訟法の規定、「犯罪捜査規範」という刑事手続き上の制約を越えて、警視庁がどういう証拠資料を裁判所に提出可能であるかという点。この事件は、書類送検を受けているので、事件記録は東京地検にある。この(東京地検の)壁を越えて、警視庁がどうやって法廷に証拠を持ち出せるのか。
  次に、法廷に証拠が出された場合、その証拠の証拠価値・証拠評価について。
  国家賠償法の中で、特に警察・検察に関しては、公訴提起の違法性がどういう場合に認められるのか、という問題がある。ほぼ確定している裁判実務では、公訴提起の時点で集められていた証拠を見て、合理的疑いが顕著に存在し、有罪判決を期待し得る可能性が乏しい場合には、検察官の公訴提起は違法とされている。
  これに加えて、通常の捜査を行なっていれば収集し得た証拠資料を集めなかった、すなわち、検察官の証拠の収集に疎漏があった場合には、それ自体で公訴提起の違法性が指摘される、というのが、検察官の行なった公訴提起に関する違法性判断の基準。
  また、検察官の行なう逮捕勾留の違法性に関しては、犯罪の件について相当の理由がないことが明らかである場合には、逮捕勾留を行なう法的根拠がないとして、検察官が行なった逮捕勾留は違法とされる。

 公訴提起や逮捕といったような具体的な行為にまで至らない「公表の違法性」という場合には、今述べたような検察官の公訴提起なり逮捕の違法性との比較の問題が重要になってくる。
  比較参照できそうなのは、私人による告訴の場合。私人の告訴は、ほとんどの場合、過失が認定されている。たとえば、自分で物を落としておきながら、他人に盗まれたと思って妄信して告訴した、あるいは、自分で調査をしないで他人からの聞き取りだけで告訴したなどの場合。あるいは、単に犯人に風貌が酷似するというだけ、あるいは、10カ月前の記憶を唯一根拠として犯人であると即断するなど。これらはすべて過失とされる。

 これら3つを並べた中で、真実性の立証に対してどこまでクレームが申し立てられれば公表が違法になるか、ということが法律的には最大の争点。
  実際に、真実性の立証がどのように展開されるのかは、最初に指摘した刑事訴訟法や犯罪捜査規範の壁を超えて、被告がどこまで法廷に証拠を持ち出せるか、というところに大きく関わってくる。
  昔よく使われたのは、警視庁の作った「概要」は公文書であるとして、公文書の証拠価値は高いんだという理屈で、紙切れ1枚を証拠に出す――そういった裁判がいろんなところであった。しかし、この事件で、「『概要』に書いてあることは真実である」などという紙切れ1枚で裁判所が真実性の立証を認めることは100%あり得ない。あまりにも断定しすぎてしまっている公表の仕方からして、裁判所もそこまでいい加減な扱いはしないだろう。
  特に関心を持っていただきたいのは、どういう証拠が法廷に登場するのかという点。ロッカー6個分がどんと法廷に持ってこられるのか。あるいは紙切れ1枚、「概要」の上にハンコを押したのだけものが出てくるのか。その中間はあり得るのか――というところが、まず訴訟進行上、我々弁護士から見ても非常に興味深く見守りたいところ。


■争点4.「概要」と2004年報道との食い違い■

 発表された「概要」の中身と、主に2004年に報道された新聞の中身とを比較したところ、報道に出ているのに「概要」に出ていないことが多々ある。2004年というのは、元巡査部長のAさんたちが7月7日に逮捕され、9月17日に東京地検が嫌疑不十分で不起訴にした年です。仮に「概要」に記載されている点について証拠が出されたとして、当時の報道との関係から、本当に断定するだけの内容が記載されているのか、非常に疑問に思うところが多々ある。


■争点5.謀議の記載がないこと■

 「概要」14ページの「3 結論」には、「以上により、本件事件は教祖たる松本の意思の下」云々と、要するに“教祖麻原の意思の下でオウムのグループが計画的組織的にやった”と結論づけているが、「概要」のどこを見ても、麻原氏を中心とする共同謀議をやったという場面、あるいは、時間的なずれや人を介しての順次共謀をやったという場面は出てこない。どこにも出てきていないのに、なぜ組織的犯行と言えるのか。


■争点6.共同共謀正犯なのか否か■

 日本の刑事実務において、共同共謀正犯理論は、昭和25年から完全に確定している判例理論。要するに、首謀者が謀議をやったという事実が認められれば、個々の誰が何をやったのか、例えばピストルを撃ったのは誰かということが特定できなくても、狙撃の犯行に至る謀議の事実が立証できれば、これはヤクザの親分を逮捕したりするときのように、首謀者については立件が可能であるというもの。しかし、本件では、送致は「被疑者不詳」のまま行なわれている。麻原氏がそもそもこの送致事実の中に出て来るかさえ不明。「概要」の中には、麻原氏やEあるいはAといった人物が出て来るにもかかわらず、まとめて「被疑者不詳」として送致していることは、大きく矛盾する。

 以上のような争点について、裁判所には疑問を持っていただきながら、できるだけ事件の反省を迫るような形で、事件の見方のどこに誤りがあったのか、ということを明らかにするような法廷を展開したい。


4.最後に、原告・Alephから(荒木広報部長)

 2010年4月の時点で、警視庁のほうから、この事件の捜査についての検証を行ない、半年くらいを目処に報告書をまとめたいという発表があり、教団では、その報告書に注目していました。
  ところが、予定されていたよりも数カ月遅れて、今年の2月になってやっと出てきた報告書(「警察庁長官狙撃事件捜査検証に関する報告骨子」)を見ましたところ、これが非常にお粗末なものだった。教団としては、何かしら捜査についての根本的な反省というか、そこを振り返るものがもしかしたらあるのではないか、という期待もないわけではありませんでしたが、結果的に、それもなかった。
  そこで、教団として自ら、具体的に真実を明らかにする、責任を明らかにする、そういう手だてを打つ必要があるだろうということで、教団としての意思決定を行ない、本件訴訟を起こすに至りました。

 発表それ自体の問題としては、やはり「オウムだったら何をやってもいいのか」「オウムだったら何をやっても許されるのか」というところが内部でも議論されました。これをそのまま放置しておくわけにはいかないのではないかと。さらには、オウムであれなんであれ、捜査当局が時効後に一方的に犯人を断定するようなことは、あってはならないし、今後繰り返されるようなこともあってはならないと。
  そこで、この事件の発表に対する一つのけじめとして、司法の場ではっきりさせるべきだということで、今回の提訴に至ったという経緯があります。

 結果的に裁判に勝訴して賠償金というものが支払われた場合は、教団としては、過去のその他の名誉毀損の訴訟と同様に、一連の被害者の方々への支払いに充てる予定です。

 また、警視庁がこの発表をした一つの理由に、「団体規制法の観察処分を受けている団体であるから」ということが、冒頭発言で挙げられていました。
  Alephは2000年以降、団体規制法の観察処分下に置かれており、これについては取消訴訟を別途争っているわけですが、これがこういう形で口実にされる――「二次利用」といいますか――そういったことはやはり容認できないのではないかと。これに対する何らかの歯止めといいますか、そこはしっかりやるべきだろうという意見もありました。
  実際、これを前例としたかどうかはわかりませんが、去年の11月には足立区のほうで、区が独自に「足立区反社会的団体の規制に関する条例」なるものを作り、観察処分を受けてる団体に対しては観察処分と同様の報告義務なり立入検査を区が独自に行なえるという規定を設けました。そういう警視庁の発表にしろ足立区の条例にしろ、観察処分を口実にした規制の拡大、拡張解釈に対する異議申し立てという趣旨も含まれています。

 ただし、前例のないところに踏み込んでいくことに対する懸念があったことも事実です。法律なり法律の原則を曲げた形で前例のない発表が行なわれた、その責任を問うた場合に、相手からどんなリアクションが返ってくるか。特に、警察を相手どった国賠訴訟については、わたしたちには苦い経験があります。
  以前、当時オウム真理教の信者だった者が、警視庁相手の国賠訴訟を起こしたことがあります。これは「転び公妨」といって、1996年、警察官の一人が被害者を装い、公務執行妨害をでっちあげて逮捕するという事件でした。
  たまたま、転び公妨の決定的瞬間がビデオテープで撮影されていたため、刑事手続きにおいてはすぐに釈放され、その後、この信者は国賠訴訟を起こしました。ここでもビデオテープが証拠提出され、裁判も優勢に進んだのですが、いよいよ明日判決だという日に、警察の強制捜査があり、原告の信者が微罪で逮捕されてしまいました。その結果、翌日の勝訴判決に信者は出廷できず、勝訴後に記者会見を開くことができませんでした。
  我々にとってそういう非常に苦い記憶があって、今回も、警察を相手取って裁判を起こすことで、このように予想もしない形でリアクションが返ってくるんじゃないかという懸念がありました。これが、提訴に至るまでの足踏みというか、1年以上も時間がかかった要因の一つでもあります。

 一方で、「名誉の回復」ということについていえば、本件訴訟はAlephの名誉毀損に対する訴えですが、直接的に名誉を毀損されているのは、起訴されてもいないのに実名で犯人扱いされている麻原開祖、そしてA・B・C・D…と、匿名にしろ特定可能な形で犯人グループとされた9名の人たちです。
  この人たちは、おそらく、警視庁の発表について、これはおかしいと思っているでしょうけれども、死刑囚であったり、あるいはもう脱会して社会復帰している元信者であったり、要するに立場の弱い人たち――「おかしい」と思っていても泣き寝入りするしかない状態の人たちばかりです。
  そういう人たちの名誉というか、それぞれの思い――そういったものも考え合わせ、前例のないことだけにいろんなリスクというものが考えられますが、一つ思い切った形で、今回の裁判を起こそうという話になりました。

 

 

コーナー目次に戻る|前の記事

このページの上部へ