1.裁判に至る経緯
足立区議会は、2010年10月22日、「足立区反社会的団体の規制に関する条例」を制定しました。この条例は、団体規制法に基づいて「観察処分を受けた団体」を「反社会的団体」と位置づけて規制対象団体とし、団体規制法と類似の報告義務を課すとともに、その報告内容を区ホームページで公表し、また、建物への立入調査などを可能とするものです。
足立区長は、同12月28日、当団体「Aleph」に対して、条例5条2項に基づく報告を請求しました。
当団体は、この請求を受け、提訴に至るまで5回に渡って、「規制対象団体」と「Aleph」との関係性、条例の解釈や報告事項に関わる言葉の定義、公表制度の趣旨やその運用方法などについて、明確な説明を足立区長に求め続けてきました。しかし、足立区長からは「あたかも問答無用というかのような(高裁判決より)」回答しか得られず、その結果、期日までに適正に報告書を作成・提出することができませんでした。
足立区長は、当団体が2011年3月8日までに報告書を提出しなかったことが「正当な理由なく第5条第2項の報告を拒み、又は虚偽の報告をした」(条例10条1号)に該当するとし、5万円の過料処分を決定しました。
当団体は、同年4月15日、本件報告をし得なかったことには「正当な理由」があるとして、5万円の過料処分の取消を求めて、本件訴訟を提起しました。
2.審理
本件訴訟における当団体の第一の主張は、
・報告に関する条項が不明確であること
・報告内容である控訴人施設の所在地番等が明確となる情報がホームページで公表されると不測の事態を招くおそれがあること
・足立区が、団体規制法上の被処分団体とAlephを混同して手続きを進めるなど、手続き上の問題が多数存在すること
など、本条例が憲法に違反するかどうかを問うまでもなく、当団体が報告を拒むことには正当な理由があったことでした。そして、その上で、別の「正当な理由」の一つとして、本条例の報告義務に関する条項が憲法に違反しているので、これに法的効力はなく、法律上の報告義務は生じないことを、第二の主張としました。
地裁での審理において当事者間で特に争われたのは、本件条例が、被処分団体から報告された土地建物の住所を、所在地番までインターネット上に公表すると解釈できるのかという点でした。ちょうど、女性信者が施設前で元夫に待ち伏せされて刺殺されるという事件(2010年11月24日)が発生した時期と重なったこともあり、当団体は施設住所の公表に強い懸念を抱いていました。
また、住民側の一方的な反対運動と、会員が経営する会社による土地・建物の購入が、条例の制定を正当化するに足りる「対立」と言えるのか、についても争点となりました。
3.判決
2012年12月6日、東京地方裁判所の川神裕裁判長は、本件訴訟における「事案の概要」において、被処分団体とAlephとの関係性のみを「正当な理由」に関する原告の主張とし、他はすべて違憲性判断を求める主張である、という争点整理をしました。
もともと我が国の違憲審査基準は厳しく設定されており、違憲判決が下されることは極めて稀です(現憲法下において最高裁が下した法令違憲の判断は本日時点で9例)。いうなれば、東京地裁は、原告(Aleph)の主張を歪曲して整理し、もともと審査基準の厳しい憲法論に争点をすり替えることで、いわば原告勝訴へのハードルを不当に引き上げたということになります。
この結果、本件裁判は、以下のとおり、団体該当性と条例の違憲性を争う裁判とされました。
こうして、審理において当事者間で最も議論された問題、すなわち、本件条例が、被処分団体から報告された土地建物の住所を、所在地番までインターネット上に公表すると解釈できるのかという点は、憲法違反の主張に解消されてしまい、結果的に東京地方裁判所は、これについて「(報告をしなかった)正当な理由」の有無として直接に判断を示すことなく、以下の判決を下しました。
【主文】
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
4.控訴・上告
2012年12月20日、当団体は、この判決を不服とし、「正当な理由」について「本条例の報告義務に関する規定が憲法に違反して効力がないかという問題とは、別の次元で判断を示す必要がある」(控訴理由書)として、東京高等裁判所に控訴しました。
2013年10月31日、東京高等裁判所の須藤典明裁判長は、本件訴訟における「事案の概要」を以下のとおり正しく修正し、本件裁判は、条例の規定の違憲無効性と「正当な理由」の有無を争う裁判であるとし、インターネット公表問題を最大の焦点としました。
■東京高等裁判所による【事案の概要】
本件は、旧オウム真理教を承継する宗教団体として、「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」により観察処分を受けている控訴人が、平成23年3月8日付けで足立区長から「足立区反社会的団体の規制に関する条例」10条1号に基づき、同条例5条2項の報告を正当な理由なく拒んだものとして金5万円の過料に処されたことにつき、本件条例の規定は違憲無効であり、また、控訴人は「正当な理由なく」本件報告を拒んだものではないなどと主張して、被控訴人に対し、本件過料処分の取消しを求めている事案である。
このように、本件訴訟一審は、裁判所による「事案の概要」のとらえ方、すなわち争点整理の仕方をそもそも誤るという、異例の展開となりました。
その後東京高裁では、当団体が報告をしなかったことには「正当な理由」があったとして、一審判決を取り消し、5万円の過料処分を取り消しました。足立区は、2013年11月12日、高裁判決を不服として最高裁に上告しました。
■東京地方裁判所による【事案の概要】
本件は、旧オウム真理教を承継する宗教団体である原告が、足立区長から、「足立区反社会的団体の規制に関する条例」5条2項が定める報告を正当な理由がないのに拒んだとして、本件条例10条に基づき金5万円の過料に処する旨の処分を受けたことに対し、@ 原告は、本件条例の規制対象である「反社会的団体」に該当しないし、A 仮に、原告が反社会的団体に該当するとしても、反社会的団体に対して本件報告義務を課し、義務を懈怠した場合につき過料に処することなどを定める本件条例及び「足立区反社会的団体の規制に関する条例施行規則」は、憲法が国民に保障する信教の自由(同法20条1項)、結社の自由(同法21条1項)、プライバシー権(同法13条)、居住移転の自由(同法22条1項)などの基本的人権を著しく侵害し、また、市民的及び政治的権利に関する国際規約18条3項、平等原則(憲法14条1項)、適正手続(同法31条)、令状主義(同法35条)にも反するもので違憲無効であるから、原告が足立区長に対して本件報告を拒んだことには、本件条例10条の「正当な理由」があるなどと主張して、足立区長が所属する公共団体である足立区を被告として、本件過料処分の取消しを求める事案である。