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裁判日程

長官狙撃・時効後犯人断定事件訴訟・東京地裁判決文(2013年1月15日)

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平成25年1月15日判決言渡
平成23年(ワ)第15308号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 平成24年10月30日

判           決

原           告          A l e p h

同代表者運営委員会共同幹事        ● ● ● ●
同                                                  ● ● ● ●
同訴訟代理人弁護士                      ● ● ● ●
同                                                  ● ● ● ●

被           告          東  京  都

同 代 表 者 知 事         猪 瀬 直 樹
同 指 定 代 理 人         松 下 博 之
同                      石 澤 泰 彦
同                      澁 澤 貴 行
同                      大 橋 健 晴
同                      畑 尾 伸之介
同                      舩 城 織 映

 

被           告          池 田 克 彦

同訴訟代理人弁護士          ● ● ● ●
同                       ● ● ● ●

主            文

1 被告東京都は、原告に対し、100万円及びこれに対する平成22年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告東京都は、原告に対し、別紙1記載の謝罪文を交付せよ。

3 原告の被告東京都に対するその余の請求及び被告池田克彦に対する請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は、原告に生じた費用の20分の1と被告東京都に生じた費用の10分の1を被告東京都の負担とし、原告及び被告東京都に生じたその余の費用並びに被告池田克彦に生じた全ての費用を原告の負担とする。

5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告東京都が60万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。

事 実 及 び 理 由

第1 請求の趣旨

 1 被告らは、原告に対し、各自5000万円及びこれに対する平成22年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 被告らは、別紙2記載の謝罪文を原告に交付するとともに、警視庁本部正玄関及び副玄関の見易い場所に、縦1.5m、横1mの白紙に墨書した同謝罪文を、本判決確定の日から1か月間掲示せよ。

第2 事案の概要

  本件は、原告が、被告らに対し、警視庁が、記者会見及び警視庁のホームページ上において、平成7年3月30日に発生した國松孝次警察庁長官(当時)に対する殺人未遂事件(以下「本件狙撃事件」という。)の犯人をオウム真理教であると公表したこと(以下、記者会見及びホームページ上における公表を併せて「本件公表」という。)は原告に対する名誉毀損に当たると主張して、被告東京都に対しては、国家賠償法1条1項に基づき、本件公表当時警視総監であった被告池田克彦(以下「被告池田」という。)に対しては、民法709条に基づき、各自損害賠償金5000万円及びこれに対する上記記者会見の日である平成22年3月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払うことを求めるとともに、民法723条に基づき、別紙2記載の謝罪文を原告に交付すること及び警視庁正玄関及び副玄関に同謝罪文を掲示することを求めている事案である。

 1 争いのない事実等(証拠を掲記した事実以外は争いがない。)

 (1)当事者

   ア 原告は、宗教法人オウム真理教が平成7年12月に宗教法人法に基づく裁判所の解散命令により解散した後(その後、平成8年3月28日に破産宣告を受けた。)、その信者により平成12年2月4日に「宗教団体・アレフ」との名称で結成され、平成20年5月20日に名称を現在の「Aleph」に改めた宗教団体である。

   イ 被告東京都は、その知事が東京都公安委員会を所轄する地方公共団体であり、警視庁は同委員会によって管理されている。被告池田は、本件公表当時、警視総監であった者である。

 (2)本件狙撃事件の発生

    平成7年3月30日午前8時31分頃、何者かが、東京都荒川区南千住において、出勤途中の國松警察庁長官(当時)に対し、殺意をもってその後方からけん銃4発を発射し、背部・腹部等への射傷による損傷に伴う出血性ショックにより瀕死の重傷を負わせたが、殺害の目的を遂げなかったという殺人未遂事件(本件狙撃事件)が発生した(甲2)。

 (3)本件公表

    警視庁は、本件狙撃事件発生後、特別捜査本部を設置して同事件の捜査を行ってきたが、平成22年3月30日に公訴時効の完成を迎えることとなったことから、同日、記者会見を行い、「オウム真理教の信者グループが、教祖の意思の下に、組織的・計画的に敢行したテロであったと認めました」(以下「本件摘示部分@」という。)などとする「冒頭発言」(甲1。以下「本件冒頭発言」という。)の内容を読み上げるとともに、「以上より、本事件は、教祖たる松本の意思の下、教団信者のグループにより敢行された計画的、組織的なテロであったと認めた」(以下「本件摘示部分A」といい、本件摘示部分@と併せて「本件各摘示部分」という。)などと記載された「警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要」(甲2。以下「本件捜査結果概要」という。)を公表し、さらに、本件冒頭発言及び本件捜査結果概要を同月31日から30日間にわたり、警視庁のホームページ上に掲出した(本件公表)。
なお、上記記者会見等については広く報道された。

 2 争点

   本件において原告が名誉毀損に当たると主張するのは本件各摘示部分であり、争点は、(1)本件各摘示部分が公表されたことで原告の社会的評価が低下したか否か、(2)原告の損害の有無及びその額、(3)謝罪文の交付及び掲示の要否、(4)被告池田の責任の有無である(上記(1)から(3)は原告と被告東京都との間の訴訟の争点であり、同(4)は原告と被告池田との間の訴訟の争点である。)。

 3 争点に対する当事者の主張

 (1)争点(1)(本件各摘示部分が公表されたことで原告の社会的評価が低下したか否か)について

 (原告の主張)

  ア 本件各摘示部分は、オウム真理教が本件狙撃事件を組織的・計画的に敢行したとの事実を摘示している。なお、本件摘示部分が、形式的には、オウム真理教の信者グループが本件狙撃事件を組織的・計画的に敢行したとの事実を摘示しているものであるとしても、本件捜査結果概要に「教団は以下のとおり警察をターゲットとしたテロ攻撃を企図等し、実行していた。このことからも、本事件がこれら一連の警察に対する攻撃の一環として教団により敢行された疑いが強いものと認められた」などと教団を主語とする文章が多数存在していること、報道機関も、本件公表について、警視庁が本件狙撃事件をオウム真理教の犯行であると発表したと理解していることなどからすれば、一般読者の普通の注意と読み方からすれば、本件各摘示部分は、オウム真理教が本件狙撃事件を組織的・計画的に敢行したと理解されるものである。

  イ そして、原告は、本件狙撃事件当時存在した宗教法人オウム真理教から宗教団体としての教義・組織性を継承した団体であって、無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(以下「団体規制法」という。)に基づく観察処分の期間更新決定やオウム真理教に関連する報道などから、社会的には原告がオウム真理教と同一であると理解されているといえるから、本件各摘示部分が公表されたことで原告の社会的評価は低下した。
(被告東京都の主張)

  ア 宗教法人オウム真理教の名誉は毀損されないこと

    言論表現行為による名誉毀損が成立するためには、当該言論表現行為が直接に特定の者の社会的評価を低下させたといえることが必要であるが、本件各摘示部分は、「オウム真理教の信者グループが計画的・組織的に本件狙撃事件を敢行した」との事実を摘示したものにすぎず、これによって直接に名誉を侵害される被害者は、オウム真理教の一部の構成員であるから、直接の被害者ではない宗教法人オウム真理教や原告に対する名誉毀損は成立しない。

  イ 仮に宗教法人オウム真理教の名誉が毀損されるとしても、原告に対する名誉毀損とはならないこと

  (ア)仮に本件各摘示部分により宗教法人オウム真理教の名誉が毀損されるとしても、原告に対する名誉毀損が成立するためには、本件狙撃事件が発生した平成7年3月当時の宗教法人オウム真理教と原告が権利義務の帰属主体としての法人格の同一性を有しているか、原告が宗教法人オウム真理教の法人格を承継していることを要する。しかし、本件狙撃事件発生当時に存在していた宗教法人オウム真理教と同一の法人格を有していると認められる団体やその法人格を承継したと認められる団体は存在しないし、団体規制法に基づく観察処分の期間更新決定において、原告を包含する被処分団体と宗教法人オウム真理教との同一性が認定されていることをもって、権利義務の帰属主体としての同一性(法的同一性)が認められるものではない。したがって、宗教法人オウム真理教に対する名誉毀損により、原告の名誉が毀損されることにはならない。

  (イ)原告は、観察処分の期間延長決定やオウム関連報道などから、社会的には原告が宗教法人オウム真理教と同一であると理解されているなどと主張する。
しかし、宗教法人オウム真理教は、弁護士一家殺害事件や松本サリン事件、地下鉄サリン事件などのテロを含む多くの凶悪事件の発覚後、教祖の松本智津夫(以下「松本」という。)を始めとする教団幹部が続々と逮捕され、あるいは逃亡することとなり、その後、破産して宗教法人として消滅することになったことは公知の事実であって、一般人の理解を前提としても、本件狙撃事件発生から約5年が経過した平成12年に任意団体として発足した原告と宗教法人オウム真理教とが全くの同一である(宗教法人オウム真理教が同一人格のまま原告の発足時の名称である「宗教団体・アレフ」に改称されて存続している)と認識されているわけではない。したがって、一般人の理解を前提としても、本件各摘示部分が、原告の団体としての社会的評価を低下させることにはならない。

 (2)争点(2)(原告の損害の有無及びその額)について

  (原告の主張)

    原告は、重大事件の犯罪を犯した者として断定的に公表されたことで甚大な無形的損害を被ったものであり、その損害額を社会通念に従って金銭評価すれば5000万円は下らない。

  (被告東京都の主張)

    原告は、単に原告の法益が侵害されたことを述べるにすぎず、どのような損害が発生したかを主張するものではない上、名誉毀損の内容についても概括的で抽象的な主張に留まっていることからすれば、原告に金銭を支払うことが社会通念上至当と認められる損害は発生していないというべきである。

 (3)争点(3)(謝罪文の交付及び掲示の要否)について

  (原告の主張)

    原告に生じた名誉毀損は極めて深刻であり、金銭賠償だけでは到底損害を回復できるものではないから、民法723条に基づく原状回復措置として別紙2記載の謝罪文の交付及び掲示が必要不可欠である。

  (被告東京都の主張)

    争う。

 (4)争点(4)(被告池田の責任の有無)について 

  (原告の主張)

    被告池田は、警視総監として本件公表を制止すべき立場にありながら、これを許可したものであり、民法709条及び同法723条に基づき、損害賠償義務及び原状回復義務を負う。

  (被告池田の主張)

    公務員個人が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に原告に損害を与えたとしても、公務員個人の属する公共団体が国家賠償法1条1項に基づき賠償責任を負うのは格別、当該公務員個人が、直接、原告に対する賠償責任を負わないことは判例上確立されているところであるが、原告の主張を前提とすれば、被告池田の行為は、職務上行われたものであるから、その行為の適否について論ずるまでもなく、被告池田個人が損害賠償責任を負わないことは明らかである。
また、原告は、民法723条に基づく原状回復措置も求めているが、同条の規定ぶりからすれば、損害賠償請求が認められる場合に限って、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができると解すべきであるから、謝罪文の交付および掲示の請求についても被告池田に対して認められないことは明らかである。

第3 当裁判所の判断

 1 争点(1)(本件各摘示部分が公表されたことで原告の社会的評価が低下したか否か)について

 (1)原告が名誉毀損に当たると主張する本件摘示部分@は、「オウム真理教の信者グループが、教祖の意思の下に、組織的・計画的に敢行したテロであったと認めました」というものであり、また、本件摘示部分Aは、「以上より、本事件は、教祖たる松本の意思の下、教団信者のグループにより敢行された計画的、組織的なテロであったと認めた」というものであるところ、本件各摘示部分が本件狙撃事件の犯人であると名指ししているのは、直接的には「オウム真理教の信者グループ」ないし「教団信者のグループ」といった一部信者グループにすぎないこと、本件各摘示部分にいう「オウム真理教」ないし「教団」は直接的には原告を指し示しているわけではないことからすれば、本件各摘示部分が原告について言及したものであるとは直ちにはいえない。そこで以下では、この点を踏まえて、一般読者(閲覧者)の普通の注意と読み方を基準として判断した場合に(最高裁昭和31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参照)、本件各摘示部分が公表されたことで原告の社会的評価が低下したか否かを検討する。

 (2)ア 本件各摘示部分にある宗教団体の信者グループが、教祖の意思の下に組織的・計画的にテロを敢行したという表現は、一般読者(閲覧者)の普通の注意と読み方からすれば、たとえテロの実行を指示された信者が特定の一部の者にすぎなかったとしても、教祖が宗教的地位を利用し、宗教団体の組織的活動の一環として一部の信者に犯罪を実行させたと理解されるというべきである。そうすると、一般読者(閲覧者)は、本件各摘示部分の記載のみを読んだとしても、オウム真理教自体が組織的に本件狙撃事件を実行したとの印象を受けるものである。

   イ また、本件摘示部分@が記載された本件冒頭発言は、「今般、この事件の重大性、国民の関心の高さ、オウム真理教が、今なお、法に基づき、無差別大量殺人行為に及ぶ危険性が認められる団体として観察処分を受けていることなどにかんがみ、この事件の犯行主体に関する当庁の所見を、その根拠とした捜査結果の概要とともに、公表することとしました」(甲1)として、オウム真理教の宗教団体としての危険性と本件狙撃事件とを関連付け、本件狙撃事件がかつてオウム真理教の実行してきた無差別大量殺人行為と同様に組織的に実行されたことを示唆している。
さらに、本件摘示部分Aが記載された本件捜査結果概要は、「教団が殺人も容認する教義に則り、反対勢力等の中心人物に対する組織的な襲撃を繰り返して」おり、「これらの教義や犯罪の特徴には、本事件との強い親和性が認められる」こと、及び「なかんずく、本事件犯行前の平成7年1月から3月にかけて、教団は」、「松本が説法で、警察のトップ襲撃を示唆」するなど、「警察をターゲットとしたテロ攻撃を企図等し、さらには実行して」おり、「本事件が、これら一連の警察に対する攻撃の一環として教団により敢行された疑いが強いものと認められた」ことを根拠に、本件狙撃事件への「教団の組織的関与を疑わせる状況が認められた」として、本件摘示部分Aのとおり結論付けている(甲2)のであって、一般読者(閲覧者)が普通の注意をもってこの記載を読めば、警視庁が、オウム真理教の教義や同教団がこれまでに敢行してきた犯罪の特徴等に着目して、オウム真理教自体が組織的に本件狙撃事件を実行したと判断したものと理解するのが通常であると認められる。

   ウ これらのことからすれば、一般読者(閲覧者)が、本件各摘示部分から、オウム真理教が組織的・計画的に本件狙撃事件を実行したとの印象を受けることは明らかというべきである。
現に、本件公表を受けて、多くの新聞が、「立件はできなくても、教団の犯行と印象付ければ良いという浅ましさが透けてみえた」(平成22年3月31日付け東京新聞朝刊。甲34)、「オウム真理教という特定の集団を名指しして犯行にかかわったとし」(同日付け中日新聞朝刊。甲36)、「立件できなかった事件の犯人を名指しすることは人権にかかわるし、公益性もない。どんな団体であれ、裏付けのない罪をかぶせていいわけがない」(同年4月1日付け読売新聞朝刊。甲49)などと報じ、インターネットの掲示板上にも、「みんながオウムの仕業と思ってたんだから、警視庁の発表ははっきり言ってくれてよかった」、「警視庁のサイトで概要読んだけど、やっぱりオウムの犯行だったんだな」などの書込みがされている(甲25の2)ように、本件公表がオウム真理教自体を本件狙撃事件の犯人と断定するものであると広く一般的に理解されているところである。

(3)ア 以上のように、本件各摘示部分は、一般読者(閲覧者)に対し、オウム真理教が組織的・計画的に本件狙撃事件を実行したとの印象を与えるものであるが、そうすると、次に、本件各摘示部分がこのように理解されることで、原告の社会的評価が低下するといえるか否かが問題となる。

   イ この点については、原告が平成22年6月頃宗教施設を東京都足立区に設置しようとした際に、同区の一部住民により、「オウム(アレフ)断固反対」、「私たちのまちにオウムは要らない」などと書かれた垂れ幕、幟が掲げられるとともに、これにつき「『オウムは要らない』足立で総決起集会」などと報道され(弁論の全趣旨)、さらに、同年10月22日、同区において足立区反社会的団体の規制に関する条例が制定された際、当時の同区長が、同区のホームページにおいて、「本条例の対象となるのは、団体規制法・・・に基づく観察処分を受けている団体に限られ、現在は『アレフ』と『ひかりの輪』の2団体(元のオウム真理教)となります」、「オウム真理教が、『アレフ』と名称だけを変更し(た)」などと公表したこと(弁論の全趣旨)、本件公表後、数日の間、原告広報部の連絡窓口に嫌がらせの電話等が十数本相次いだこと(甲25の2)、団体規制法に基づく「麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体」に対する観察処分に係る平成24年1月23日付け期間更新決定が、依然として原告は、松本の絶対的な影響力の下にあって、殺人を暗示的に勧める危険な教義を有しており、無差別大量殺人行為に及ぶ危険性があるなどと認定していること(甲24)などからすれば、原告が、かつて無差別大量殺人行為を組織的に実行したオウム真理教(甲24)が単に名称を変えたものにすぎず、オウム真理教と同様の危険性を有する宗教団体であって、両者は実質的に同一の団体であると一般的に認識されていることは明らかである。
そうすると、一般読者(閲覧者)は、本件各摘示部分を読むことで、オウム真理教が組織的・計画的に本件狙撃事件を実行したものとの印象を受ける(上記(2))だけでなく、更に進んで、原告がかつて組織的・計画的に本件狙撃事件を実行した宗教団体であるとの印象を受けるものと認められる。

 (4)以上によれば、本件各摘示部分が公表されたことで原告の社会的評価が低下したものと認められる。

 2 争点(2)(原告の損害の有無及びその額)及び争点(3)(謝罪文の交付及び掲示の要否)について

 (1)上記1のとおり、本件各摘示部分が公表されたことで原告の社会的評価が低下したと認められるので、被告東京都が負うべき損害賠償額及び本件において民法723条に基づく原状回復措置が必要か否かを検討する。

 (2)ア まず、本件狙撃事件は、警察庁長官がけん銃により狙撃され瀕死の重傷を負ったという著名な刑事事件であるところ、本件各摘示部分の内容等が新聞各紙で報道されるとともに、本件冒頭発言及び本件捜査結果概要が、1か月もの長期間にわたり、警視庁のホームページに掲出されていたことからすれば、本件各摘示部分の内容は極めて広範囲に伝播したものと認められる。
また、本件公表は、警視庁という公的な捜査機関が、長年にわたる捜査の結果を踏まえた上での公式見解として、相応の根拠を示して行われたものであって、本件各摘示部分が公表されたことにより、本件狙撃事件はオウム真理教によって組織的・計画的に実行されたものであると受け止めた一般読者(閲覧者)は多数いるものと推認される(インターネットの掲示板上に、「確かにあの発表はまずいけど、HPで資料読んだらオウムと思わざるを得ない」、「オウムの犯行と断定できるだけの証拠はあったんだろう。ただ犯人特定に至らなかっただけだ」などと本件公表の内容を真実と受け止める書込みも多数見受けられるところである[甲25の2]。)上、今後も本件公表が様々な場面で引用されるおそれがあることなどに鑑みれば、本件各摘示部分が公表されたことによる社会的影響は重大かつ継続的なものというべきである。
さらに、上記1(3)のとおり、かつて無差別大量殺人行為を実行したオウム真理教と実質的に同一視されている原告としては、自らが本件公表に対する反論を行ったとしても、これによって本件各摘示部分の影響を払拭することは極めて困難であると認められる。
以上のような事情に鑑みれば、東京地検が本件狙撃事件の被疑者として逮捕されたオウム真理教の一部信者を不起訴処分としたこと(弁論の全趣旨)、本件狙撃事件につき既に公訴時効が完成していると考えられること、本件公表から現在までに約2年半以上が経過していること、本件公表が行われたことに対しては批判的な論調の報道も多いこと(甲3ないし5等)などを考慮しても、本件各摘示部分が公表されたことにより原告の被った社会的評価の低下は決して軽微なものということはできない。

   イ そして、本件狙撃事件がオウム真理教ないしその信者による犯行であることを訴訟上立証することが困難であることは、かつて警視庁が初期の段階からオウム真理教による犯行を見込んで捜査を進め、一部信者を東京地検に送致したにもかかわらず、東京地検が処分保留で釈放した上で、その後不起訴処分としたこと(甲2)などからすれば、警視庁もこれを理解していたものと認められる。
また、検察官が被疑者を不起訴処分としたにもかかわらず、警察官が当該被疑者を犯人であると断定、公表して、その者に事実上の不利益を及ぼすことは、無罪推定の原則に反するばかりでなく、被告人に防御権が保障された厳格な刑事手続の下、検察官が起訴した公訴事実につき、公正中立な裁判所が判断を下すという我が国の刑事司法制度の基本原則を根底からゆるがすものと言わざるを得ない。
それにもかかわらず、上記1(2)のとおり、警視庁が、一般読者(閲覧者)に対し、オウム真理教を本件狙撃事件の犯人と断定したものとの印象を与える本件各摘示部分を公表したことは、重大な違法性を有する行為であったものと認められる(なお、本件訴訟では、本件各摘示部分が摘示する事実が真実であるか否か又は警視庁がこれを真実と信じたことについて相当の理由があったか否かは、争点となっていない。)。

(3)ア 上記(2)に挙げた事情、すなわち、原告の被った無形の損害は決して軽微なものとはいえず、また、本件各摘示部分の公表の違法性が重大であることからすれば、原告の被った損害に対しては金銭をもってその回復を図るのが社会通念上相当というべきであるが、後記イのとおり、本件においては被告東京都に対して原告への謝罪文の交付を命ずべきことに鑑みれば、その損害賠償額は100万円をもって相当と解すべきである。

   イ 本件公表は、警視庁による公式見解を示すものとして、一般読者(閲覧者)により、その内容が真実のものと受け止められ、今後も本件狙撃事件の犯人をオウム真理教であるとする根拠として引用されるおそれがあること、本件公表に対して原告が有効な反論をすることは極めて困難であると考えられること、本件各摘示部分の公表が我が国の刑事司法制度を根底からゆるがす重大な違法性を有する行為であることなどからすれば、金銭賠償のみによって、原告の低下した社会的評価を回復することはできないというべきであり、一定の原状回復措置は認められてしかるべきである。
そして、原告は、原告への謝罪文の交付とその警視庁の正玄関及び副玄関への掲示を求めているところ、原告への謝罪文の交付については、原告自らがこれを公表するなどして、本件各摘示部分の公表で低下した社会的評価の回復を図ることができると考えられるものの、謝罪文の警視庁の正玄関及び副玄関への掲示については、原状回復措置としての有効性や必要性に疑問が残る。そうすると、原告への謝罪文の交付は認められるべきであるが、それ以上に原状回復措置を認める必要はない。
ただし、原告の低下した社会的評価を回復させるためには、謝罪文において、東京都知事に違法行為を二度と行わないことを誓約させる必要はないから、原告への謝罪文の交付請求については、別紙1記載の謝罪文の交付を求める限度で理由があるというべきである。

 3 争点(4)(被告池田の責任の有無)について

   国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし、公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないものと解するのが相当であり(最高裁昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁、最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁等)、この趣旨は、他人の名誉を毀損した者の民事上の責任について定めた民法723条についても妥当するものと解すべきである。
そして、原告は、被告池田が警視総監として本件公表を制止すべき立場にありながらこれを許可したことにつき不法行為責任を追及しているところ、この被告池田の行為が、警視総監としての職務を行うについてされたものであることは明らかであるから、被告池田は民事上の責任を負うものではない。
したがって、原告の被告池田に対する請求はいずれも理由がない。

 4 結論

   以上によれば、原告の被告東京都に対する請求は、主文第1項及び第2項の限度で理由があるからこれらを認容し、同被告に対するその余の請求及び被告池田に対する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第45部

          裁判長裁判官     石 井    浩    

             裁判官     大 竹    貴    

             裁判官     久保田  寛 也    

 

別紙1

謝罪文

 いわゆる「警察庁長官狙撃事件」について、平成22年3月30日警視庁が公表した「冒頭発言」及び「警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要」は、今般東京地方裁判所において、Alephの名誉を毀損する違法な内容であるとの判断が示されました。よって、私はAlephに深謝します。

                  平成  年  月  日

               東京都知事  ○ ○ ○ ○

 

別紙2

謝罪文

 いわゆる「警察庁長官狙撃事件」について、2010年3月30日私たちが公表した「冒頭発言」および「警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要」は、今般東京地方裁判所において、Alephの名誉を毀損する違法な内容であるとの判断が示されました。よって私たちはAlephに深謝するとともに、二度とこのような違法行為を行わないことを固く誓約いたします。

                       年  月  日

                東京都知事  ○ ○ ○ ○

                警視総監   ○ ○ ○ ○

 

 

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