公安調査庁による立入検査と、犯罪捜査を目的とした警察等による家宅捜索は、報道等でもしばしば混同されることがあります。両者の違いを対比して説明します。
家宅捜索(通称:ガサ入れ) | 立入検査(通称:立ち入り) | ※解説 | |
実施する主体 | 警察や検察など捜査機関 | 公安調査庁 | →※1 |
依拠する法律 | 刑事訴訟法 | 団体規制法 | →※2 |
実施対象1(場所) | 犯罪の嫌疑を受けている者(被疑者)の住居、その他の場所、身体、所持品 | 観察処分を受けている団体(被処分団体)が所有または管理する土地建物(身体捜索は不可) | →※3 |
実施対象2(物) | 捜索差押令状に記載されたもの | 被処分団体が所有または管理する設備、帳簿書類、その他必要な物件 | →※4 |
目的 | 犯罪捜査 | 無差別大量殺人行為の再発を防止するために被処分団体の活動状況を明らかにすること(犯罪捜査目的ではない) | →※5 |
実施要件 | 司法官憲が格別に発する令状(捜索時には令状呈示が義務付けられている) | 公安調査庁長官が「特に必要である」と認め、公安審査委員会に対して事前事後に通報する(令状は存在せず、検査時に身分証提示が義務付けられているのみ) | →※6 |
差押の有無 | あり | なし | |
強制の度合い | 直接強制 | 間接強制 | →※7 |
法務省の管轄下にあり、破防法と団体規制法の規制に関する調査および処分の請求などを行なうための組織です。1952年設置。同庁の設置には、「戦後、公職追放されていた陸軍中野学校、特別高等警察、旧日本軍特務機関の出身者が参画した」とされます(Wikipedia「公安調査庁」の項より)。警察庁警備局の指揮の下、各都道府県警察に配備されている、いわゆる「公安警察」とは全く別の組織です。
正式名称は、「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」です。以下に、団体規制法の立入検査に関係する条文を抜粋します。
マスコミ報道では誤って伝えられていますが、「観察処分を受けている団体」とは、「オウム真理教」でも「オウム真理教(現Aleph)」でも「オウム真理教から改称した『Aleph』とAlephから分裂した『ひかりの輪』」でもありません。
公安調査庁は、観察処分の請求(1999年)に際して、
『麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体』
という名称の、観念上の「団体」を創作しました。
そして、この「団体」には、
「『Aleph』という集団名を称して活動している構成員及び『ひかりの輪』という集団名を称して活動している構成員(本団体の公安調査庁長官あての報告によれば合計約1000名である)のほか、本件観察処分決定当時の本団体の構成員、あるいは、かつて『アレフ』、『アーレフ』の名称を使用して活動していた集団に明示的に加入していた構成員らで、現在は、原告や『ひかりの輪』とは一定の距離を置いて活動している者(引用者注:いわゆる脱会者。約500名にも上る)が存在している。」
とされています(観察処分取消訴訟における国の主張:2010.12.10付被告準備書面(3)より)。
2013年6月現在、この「団体」には、「Aleph」及び「ひかりの輪」を合わせて1650名の構成員がいると公安調査庁は主張しています。しかし、この人数は実数からかけ離れており、200名以上の水増しをされています。Alephにもひかりの輪にも属さない、200名以上もの「一定の距離を置いて活動している者」の実態は、今なお明らかにされていません。
参考:「拡張される団体規制 〜「構成員不詳」「主宰者不在」の架空団体への観察処分
立入検査で検査できるものは、「被処分団体が所有または管理する設備、帳簿書類、その他必要な物件(※東京地判2011.12.8)」に限定されており、人に対する検査は許されていません。また、個人が所有または管理する物件(私物等)は検査対象物に含まれません。
しかし実際には、公安調査庁は立会人の言動をビデオ撮影するなどして検査したり、手紙や小銭入れなど個人の私物をくまなく検査するなど、違法な検査を繰り返しています。
立入検査は、公安調査庁長官が被処分団体の「活動状況を明らかにするために特に必要があると認められるとき」に実施されます(団体規制法7条2項)。この「特に必要があると認められるとき」というのは、「何か危険なもの、あるいは銃器を製造、加工した可能性があるとか、あるいは毒物を何かやっている可能性がある」などの特殊な事情であると、立法時には説明されていました。
しかし、現場の検査官に「特に必要があると認められる理由」を問いただしても、回答がないか、せいぜい、住人の引っ越しといった、およそ無差別大量殺人行為とは無関係な理由が挙げられるのみです。団体規制法は、第二条において「必要な最小限度においてのみ適用すべきであって、いやしくもこれを拡張して解釈するようなことがあってはならない。」とされていますが、立入検査については、法律制定当初から公安調査庁がこれを全く無視して、定期的に立入検査を繰り返しています。
参考:第146回衆議院法務委員会(1999年11月9日)
質問者:「観察処分の実施、七条第一項は、 五条一項または同四項の処分を受けている団体の活動状況を明らかにするために必要な調査をさせることができると。これは一般的な調査権なんでしょうね。第二項でさらに、「団体の活動状況を明らかにするために特に必要があると認められるとき」というふうに、ここに新たに「特に」というのが入って、その場合には立入検査ができるんだ、こうなっているわけですね。
そこで、この第七条一項の一般的な調査のほかに、さらに特に必要がある場合に立入検査ができるという条文になっているものですから、この特に必要がある場合というのは一体どういうことなんだ、どういうことを想定しているのかということをお聞きしているわけです。」
臼井法務大臣:「具体例で申し上げるならば、例えば、ある施設が金属加工の用に供されている旨の報告がなされた。そうした場合に、公安調査官が任意調査や 団体からの報告のみによって当該施設や同施設に設置された設備の性能や用途について正確な把握ができない。そうした場合には公安調査官が同施設に立ち入って当該施設の実情を調査する必要があるんじゃないか、そういうふうに考えられるわけでございまして、そうした際という意味であります。」
質問者:「一般的調査ではわからないけれども、何か危険なもの、あるいは銃器を製造、加工した可能性があるとか、あるいは毒物を何かやっている可能性があるとか、そういう具体的な情報に基づいてその情報を確認するために、そういう前提なんでしょうね。そういう場合に「特に必要がある」というふうになるんでしょうね。そう理解していいでしょうか。」
臼井法務大臣:「そのとおりでございます。」
団体規制法に基づく立入検査は、令状主義を採用していないため、公安調査庁長官が「特に必要であると認め」(団体規制法7条2項)るだけで、立入検査を実施できます。公安審査委員会に対する事前事後の通報が必要ですが、これは単なる届出であって、許可を求めるものではありません。
なお、立入検査が犯罪捜査のためではないことは、団体規制法に明記されています(7条4項)。
立入検査は家宅捜索と違い、対象物を差し押さえたり、鍵をこじあけたり、立会人を建物から排除するなど、直接的に強制する行為はできません。その代わり、検査を違法に拒んだり、妨げたり、忌避した際の罰則を設けることで、事実上、検査協力を強制する効果を生じさせています。これは「間接強制」と呼ばれるものです。
ただし、検査を拒み、妨げ、忌避した場合、単なる罰則にとどまらず、さらに団体の無差別大量殺人行為に及ぶ危険性の程度を把握することが困難であると認められたときに、「再発防止処分」という観察処分よりももう一段階進んだ処分に付される可能性があります(法8条)。再発防止処分というのは、最長6カ月という期限はあるものの、施設の取得・使用や幹部の活動、勧誘活動、お布施といった団体活動の根幹をなす活動を禁じるという極めて重たい処分です。
このような重たい処分が背後に控えているため、「間接強制」とは言っても、他の行政調査一般のそれとは全く強制力が違います。
「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」より抜粋
第五条 公安審査委員会は、その団体の役職員又は構成員が当該団体の活動として無差別大量殺人行為を行った団体が、次の各号に掲げる事項のいずれかに該当し、その活動状況を継続して明らかにする必要があると認められる場合には、当該団体に対し、三年を超えない期間を定めて、公安調査庁長官の観察に付する処分を行うことができる。
第七条 公安調査庁長官は、第五条第一項又は第四項の処分を受けている団体の活動状況を明らかにするため、公安調査官に必要な調査をさせることができる。
2 公安調査庁長官は、第五条第一項又は第四項の処分を受けている団体の活動状況を明らかにするために特に必要があると認められるときは、公安調査官に、同条第一項又は第四項の処分を受けている団体が所有し又は管理する土地又は建物に立ち入らせ、設備、帳簿書類その他必要な物件を検査させることができる。
3 前項の規定により立入検査をする公安調査官は、その身分を示す証票を携帯し、関係者に提示しなければならない。
4 第二項の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。